No.02 米国での空調ビッグデータ活用事例から見る、データ活用の重要性
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国立研究開発法人産業技術総合研究所 ゼロエミッション国際共同研究センター 主任研究員本田 智則氏
- 2005年
- 東京大学大学院 工学系研究科 博士課程修了 博士(工学)
- 2005年
- 産業技術総合研究所 入所
- 2020年4月
- 現職
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国立研究開発法人産業技術総合研究所 ゼロエミッション国際共同研究センター 研究員嶌田 栄樹氏
- 2021年
- 京都大学大学院 農学研究科 博士(農学)
- 2021年
- 現職
- Contents
はじめに
2050年カーボンニュートラル社会実現に向けた気候変動適応策として空調は大きな役割を担っている。地球温暖化のさらなる進行による気候変動の影響が深刻化することが予測されており、空調への需要は世界各国で高まると考えられる(1)。結果として、空調を稼働させるためのエネルギー需要が増えることでエネルギーの需給をバランスさせるための取り組みがますます重要となる。今後エネルギーの需給バランスという政策目標を達成するためには、エネルギー需要の増加に合わせてエネルギー供給を増やしたり、エネルギー需要を抑制したりする政策の整備が求められるが、いずれの政策においても冷暖房需要の正確な予測が欠かせない。また、よりミクロな適応として、家庭や業務部門で利用される空調利用実態を把握し、その適正な利用を促すと同時に、利用実態に即した空調機開発、空調運転・制御技術の発展が求められている。
2021年10月に閣議決定された地球温暖化対策計画では、空調等の機器・設備について最適な制御を促す装置として、業務用ビルについてはBEMS(Building and Energy Management System)を約半数の建築物に、また、家庭用についても同様の機能を有するHEMS(Home Energy Management System)を広く普及させることを目指している。
現在、将来の空調政策、及び空調機開発において重要な問いがある。それは「人々は空調をどのように使っているのか?」という問いである。この問いは一見すると単純に思えるが、回答は極めて難しい。この問いに答えることが難しい理由は、利用実態を示すデータを入手することが困難であったからである。しかし、人々がどのように空調を利用しているのかを把握しないままに最適な空調システムを開発することはできない。さらには、最適な運転制御などは望むべくもない。
人々がどのように空調を利用しているのかが判然としない中で、空調機の開発や空調運転の最適化技術の多くは、JIS規格(JIS C9612 2013)などで示される一定の使用パターンを「全ての機器が同様に使用されている」と仮定して技術開発や評価が進められてきた。例えば当該JIS規格では、外気温や住宅属性、住宅断熱性能、稼働時間に仮定を置き、家庭の冷暖房需要を想定している。しかし、現実の住宅は、世帯属性も異なれば、住宅断熱性能も大きく異なっている。また、空調機の利用方法や使用時間は、各世帯のライフスタイルによって、また、空調機の設置居室の利用種類等によって大きく異なっている。例えば、家庭用の同一機種空調機であっても、それがリビングに設置されているのか、寝室に設置されているのか、客間に設置されているのかで利用形態、そしてその利用形態の違いによって生じるエネルギー消費量には大きな差が出るはずである。また、利用形態が同一でも築30年を経過した無断熱住宅と、築数年の断熱性能の高い住宅ではエネルギー消費量は大きく異なる。
従来の「全ての機器は一定の仮定に基づいて同一の動きをする」とした評価は、年間総消費電力量の差といったマクロな評価であれば、一定程度意味を持つかもしれない。しかし、BEMS、HEMSの議論のように、最適制御のような問題に対しては全く見当違いの結果を導いてしまう可能性が高い。
こうした問題を解決する方法としては、空調機1台1台の各時間における利用データを取得・蓄積した空調ビッグデータを活用することが考えられる。こうした個別の空調機に関する制御データを時々刻々と蓄積し、解析することは通信機能を持たない空調機が大半を占める状況では不可能であった。しかし、近年のIoT(Internet of Things)の普及に伴い、業務用空調はもちろん、家庭用空調においてもセンシングデータを外部データセンターに送信する機能を有する機種が増えてきた。
空調ビッグデータを活用する機運は世界的にも高まっている。米国では、近年、インターネットに接続されたサーモスタット(空調の制御装置)の普及が進んでいる。ネット接続型のサーモスタットを販売する企業は、顧客の空調使用に関する情報を独自に収集し、研究機関にデータを提供している。
本コラムでは米国のデータ活用事例を紹介するとともに、わが国における空調ビッグデータ活用性について解説を行う。
①米国の空調使用の現状
米国の「家庭エネルギー消費調査」によると、米国の平均的な世帯のエネルギー消費量のうち、9%が冷房に、42%が暖房に用いられている。一方、日本の平均的な世帯では、エネルギー消費量のうち、2.4%が冷房に、25%が暖房に消費されている(2)。つまり、米国の世帯は日本の世帯よりも多くの割合のエネルギーを冷暖房に用いている。また、米国の冷暖房設備の特徴として、セントラル方式が多いことが挙げられる。冷房設備の67%、暖房設備の84%がセントラル方式となっている。個別空調が主な空調設備であるわが国と比較して大きな違いと言える。
こうした中、近年米国においてはインターネット接続可能なプログラム制御型サーモスタットが普及しつつある。2020年時点で53%の世帯でプログラム可能なサーモスタットが導入済みで、そのうち10%がネット接続型である(3)。2015年には4%であったため、堅調に普及していると言える。
②米国における空調ビッグデータの収集方法
米国では、インターネット接続型のサーモスタットを用いて空調ビッグデータの収集が行われている。その取り組みの代表例として、サーモスタットを販売するEcobee社の例が挙げられる。Ecobee社のサーモスタットは、動作センサーとセットで$249.99にて購入することができる。その特徴としては、Ecobeeアプリでサーモスタットの操作が可能であること、在・不在の検知による空調の自動調整、ライフスタイルを学習し最適な省エネスケジュールをお勧めすること、ディマンドレスポンス(DR)や時間帯別料金への対応などがある。
データ収集の観点から特筆すべき取り組みが“Donate your data(DYD)” である。Ecobee社は自社のサーモスタットを購入した世帯にデータを「寄付」してもらうことで、空調データを収集している。寄付の方法は非常に簡単である。具体的には、Ecobee社のモバイルアプリにログインし、メニューから「データを寄付」を選択し、文書に同意するだけである。Ecobee社はDYDによって北米全土から空調データを収集し、研究用にデータを提供している。取得するデータとしては、5分レベルの稼働時間、動作の有無、世帯人数、外気温、都市、築年数等がある。
③空調ビッグデータの学術的利用
DYDデータは広く学術利用を認めており、DYDデータを用いた研究が増加傾向にある。
DYDデータを用いた既存研究は、(1)空調使用の実態解明、(2)サーモスタットによる省エネ評価、(3)新たなサービスの創出という3つに大別することができる。それぞれの特徴的な研究を概観する。
④事例1:エネルギー使用の実態解明
Lee and Zhang(2022)はDYDデータを利用して、空調使用の実態を様々なエンジニアリングモデルと比較している(4)。その結果、従来の需要モデルに基づく予測値と空調ビッグデータが示す実測値との乖離が確認された。とりわけ、早朝の乖離が大きく、エンジニアリングモデルは需要を40%ほど過小評価していることが判明した。これらの結果は、エンジニアリングモデルには「人の行動」が何かしら反映されていないことを示唆している。エネルギービッグデータの力が示された研究と言えるだろう。
⑤事例2:サーモスタットによる省エネ評価
Ecobee社はインターネット接続型のサーモスタットの特徴の一つにエネルギー使用量の節約を挙げている。Brandon et al.(2022)は経済実験を用いて、サーモスタットそのものの効果検証を行った(5)。815世帯からおよそ半数をランダムに抽出しサーモスタットを配布し、18か月に渡ってスマートメータデータを追跡した(2012.7-2014.1)。その結果、統計的に有意な省エネ効果は検出されなかったことを示した。
では、サーモスタットは省エネに寄与しないのであろうか?Blonz et al.(2021)は、時間帯別料金へ対応可能であるというEcobee社のサーモスタットの機能の一つを利用し、サーモスタットの省エネ効果を検証した事例を紹介する(6)。Ecobee社のサーモスタットを用いると、時間帯別に変動する電力料金に対する節電の程度を設定することができる。節電の程度を高く設定すると、電力料金が高い時間帯に設定温度の調整が自動で行われる。経済実験によって節電機能の効果を検証したところ、1日当たりの空調利用時間が37分削減されることを示した(およそ1.6kWh、1日の消費量の9%分に相当)。結果として、時間帯別料金の発動日に22.2円の節約が可能であることを示した。
⑥事例3:新たなサービスの創出
夏の暑い日に帰宅した際、むわっとした空気に不快感を覚える方は多いであろう。Ecobee社のサーモスタットには動作センサーがついており、在宅を検知したら冷暖房が起動される。しかし、快適な室温の実現までには時間を要する。仮に少し先の在宅状況を予測できれば、快適な室温で帰宅することが可能となる。Huchuk et al.(2019)は、在宅状況の予測を可能とするため、DYDデータに記録されている動作データに着目し、動作の有無を予測するための機械学習モデルを開発した(7)。その結果、ランダムフォレスト(8)を用いたモデルだと、75%以上の正解率が実現可能であることを示した。
停電被害の把握における活用事例の研究もある。Meier et al. (2019)は大規模停電が発生するとサーモスタットのネット接続が遮断され、データが欠損することに着目した(9)。つまり、欠損地を把握することによって、国全体の停電状況を把握できることを示した。2017年9月に発生したハリケーンIrmaの進路と停電を時系列に整理したところ、82%の停電を把握することに成功した。より多数のネット接続型サーモスタットの普及とさらなるデータの寄付により、正確性の向上が期待される。
⑦国内における空調データの整備状況
内閣府経済社会総合研究所による令和5年消費動向調査によると、2人以上世帯における国内のエアコン普及率は91.5%となっており、カラーテレビ(95.1%)、携帯電話(96.0%)と並んで広く普及している(9)。
こうした中で、IoTセンシング・制御機能が搭載されたルームエアコンも普及しつつある。IoT機能を搭載したエアコンは、常に空調の稼働実態をデータとして送信可能とする。送信されたデータは空調機メーカー等のサーバに蓄積されているため、日本国内においても空調ビッグデータが蓄積されている。
現状、日本国内の空調ビッグデータはIoT機能を有する一部機器に限定されているものの、こうしたIoT機能の搭載を、国として空調機メーカーに求める方向性の議論も進められている。2022年11月の総合資源エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会 省エネルギー小委員会において、DR対応のためにエアコンや給湯器にIoTを用いた遠隔制御機能を空調機メーカー等に求める議論が開始された。こうした状況から、今後出荷される多くのエアコンに対してIoT機能が搭載されることとなり、日本における空調ビッグデータはより大規模なものとなることが期待される。
日本においても空調ビッグデータの蓄積は加速されている一方で、こうした空調ビッグデータの社会での活用は米国に比べて遅れている。今後は、日本国内で蓄積された空調ビッグデータが研究者も利用可能となることで、日本企業が得意とするヒートポンプ式空調機の優位性を示す根拠として用いるなど、国際競争力強化への貢献なども期待される。
参考文献
- Davis, Lucas W., and Paul J. Gertler. "Contribution of air conditioning adoption to future energy use under global warming." Proceedings of the National Academy of Sciences 112, no. 19 (2015): 5962-5967.
- 経済産業省, エネルギー白書2022.
- U.S. Energy Information Administration, Residential Energy Consumption Survey..
- Lee, Zachary E., and K. Max Zhang. "Unintended consequences of smart thermostats in the transition to electrified heating." Applied Energy 322 (2022): 119384.
- Brandon, Alec, Christopher M. Clapp, John A. List, Robert D. Metcalfe, and Michael Price. The Human Perils of Scaling Smart Technologies: Evidence from Field Experiments. No. w30482. National Bureau of Economic Research, 2022.
- Blonz, Joshua, Karen Palmer, Casey J. Wichman, and Derek C. Wietelman. "Smart thermostats, automation, and time-varying prices." Resources for the Future (RFF) Working Paper (2021): 21-20.
- Huchuk, Brent, Scott Sanner, and William O'Brien. "Comparison of machine learning models for occupancy prediction in residential buildings using connected thermostat data." Building and Environment 160 (2019): 106177.
- ランダムフォレストとは、回帰と分類問題を解くための機械学習手法である。
- 内閣府, 令和5年消費動向調査.